中途入社から給与所得が年収1000万円超えるまでの転職歴

転職 年収アップの方法

前回は、フリーターから中途入社で正社員になった所まででした。

就職してもミスマッチで、転職を繰り返して足踏みが続いていました。

 

犯罪者が捕まった時によく言われるのが、

『犯人は職を転々・・・』

という言葉です。

 

転職を繰り返していると、自分は社会不適合者なのかと頭によぎります。

それで採用されやすい仕事ばかり選びましたが、底辺社会には抜け出しにくい理由が色々とあります。

道連れにしようとする人や、都合よく使おうとする人などがうごめいています。

 

沼のような場所なので脱出しようとすると空回りが続きますが、もがいていると急に前に進める瞬間がきます。

それまでの経験が、いっぺんに噛み合い歯車が動き始めます。

 

歯車が合った後 ⇒ 経歴

 

※転職サイトに誘導する記事ではありません。一社会人の進路選択の結果です。

 

過去の転職の失敗から、適職を考える

 

過去に所属した会社は、売り上げの上限が低い業種でした。

それに労力に比例した分しか処理できない、効率が悪い仕事でした。

 

 

それらの職場は無駄が多く、正解の仕事のやり方とは思えませんでした。

それに何より、自分がやりたい仕事ではありませんでした。

 

つまらない仕事をしてガマン代として給料をもらうという考えもありますが、そういう仕事を続けられるとは思いませんでした。

 

 

年収1000万円になる業種にようやくたどり着く

喜ぶ

 

過去の反省を踏まえて、これからも伸びる業種である事と裁量がもらえそうな会社を選びました。

経験を買うつもりだったので給与額は気にせず選び、広告業界に着目しました。

 

雑誌広告よりもネット広告の規模が小さかった頃ですが、ネット広告が右肩上がりで拡大していました。

 

入社の難易度は雑誌広告の会社の方が上でしたが、将来性はネット広告にあると判断しました。

難易度が高い方が将来性があるとは限りません。

 

雑誌広告は前時代に大きくなった会社で、そのイメージで志望者が多くて難易度は高かったですが、衰退が始まっていました。

 

未経験で職歴もひどかったのでネット広告の仕組みを独学し、仕事に使えるツールを作って面接に持ち込みました。

 

この方法は面接官の視線をノートパソコンに移せるので、緊張しなくて済むというメリットもあるのでオススメです。

結果、ネット広告の会社に即採用となり仕事を始めました。

 

これだけで給与所得年収1000万円になるわけではなく、あくまで理想の業種にたどり着いたに過ぎません。

 

最初から高い給与額で会社を選ばない

 

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雑誌広告の会社に入社できなくて良かった

 

雑誌広告の会社は採用基準が厳しくて最初から受けていませんでしたが、入社できなくて良かったです。

 

ネット広告の会社に転職してから、雑誌広告の会社とも付き合いがありました。

彼らもネット広告を取り扱い始めたのですが、雑誌広告の仕事方法の名残なのか、ネット広告の特性である広告データの扱いが上手くありませんでした。

 

それにFAXで広告売買の確定をしたり、紙を使う非効率な文化が残ったままでした。

雑誌と違ってネット広告は出稿してすぐに配信とか、突発的な空き枠を即決するとかテンポが速いです。

 

雑誌広告の会社は、雑誌のやり方でネット広告を扱おうとしました。

過去の成功体験に基づいて行動してしまい、新しいものに適応できずに淘汰される典型的なパターンを見ました。

 

前時代の大手は入社は難しく・将来性は乏しい

 

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上司が不在気味なので独学で業務を覚える

観察

 

転職できたのが小さい会社なので、上司は一人しかいませんでした。

この上司がアポをすっぽかして会社に来ないので、わたしが取引先との商談に出席して対応しました。

 

このあたりはシステム会社で先輩が居眠りばかりだった経験があったので、さほど動揺しませんでした。

 

取引先に上司のミスを謝ってばかりでしたが、この姿勢が信頼される一因になったので、頭の下げ損にはなりませんでした。

謝っても次に同じ事をすれば信用を失うので、上司に代わって仕事の仕方を変えることにしました。

独学で仕事を創る時には、業務内容をまずじっくりと観察して流れを追います。

 

この作業に時間をかけて、一つ一つ因数分解して最小単位の点の要素にします。

言い換えると家電をバラバラにして、部品にするような作業です。

 

その部品を組み立て直し、最適なものに作ります。

従来の仕事に無駄が多いほど改善の効果は大きくなり、それが自分の評価になります。

 

勝手に仕事を作る技術

 

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中途入社したら自分の裁量を増やす

 

自分の裁量を増やす事を、責任が増えると思って忌避する人がいます。

わたしもそうでしたが、裁量が増えると自分の思い通りに仕事ができるようになり快適でした。

 

 

自分が再構築して作った仕事方法を、上司に相談するか否か迷いました。

普通は相談をしますが、以前の会社で意味を理解していない上の人に潰された経験があったので、黙ってデータベース化を進めました。

 

通常業務+改善業務

 

通常業務をしつつ、データベースや自動化ツールを作りました。

正しい仕事の仕方なら最小の手間で最良の結果が得られるので、自己完結で最適解にたどり着きます。

 

出来上がったツールを上司を飛び越えて社長に直接見せて、稼働の許可を得ることにしました。

ITベンチャーの良い所は理解力がある人が多く、合理的なものはすぐに採用されるところです。

 

中途入社して半年くらいで上司に変わって責任者になり、部下をつけてもらいました。

まだ業務を継承しただけなので、5万円くらいの昇給に留まりました。

 

 

年収の上がり方が急上昇

 

責任者になって裁量が増えると、さらに自分の部署以外の効率化にも手を広げました。

ゲーム感覚で自分の領土が広がるようで楽しかったのですが、それが年収が急上昇するキッカケになりました。

 

自分の部署の仕事が早くても、他が遅いとそこがボトルネックになってしまいます。

なので全体の効率化に着手します。

 

自分の職域を広げると、年収も上がる

 

この過程で新たな失敗を経験します。

人はどんなに効率的であっても変化を嫌うもので、わたしの効率化に反発して辞める人が出ました。

 

世の中に手作業を好む人は結構いる上に、その人の仕事が殆どなくなるので立場が不安になったのかも知れません。

 

これをキッカケに更に自動化して、辞めた人が出ても問題がなくなりました。

 

結果、より正確で短時間に仕事ができるようになりました。

このように、失敗を経て更にスキルが磨き上げられていきました。

 

人件費を削減できたので給与がまた上がって、年収が600万円になりました。

 

 

外部の会社の効率にも着手

社内のロスが減ると、次は外部の会社との間のロスが気になりました。

費用対効果が明確なネット広告は、顔を合わせなくても商談が可能です。

 

情報共有の方法も整備して、外部の会社とも社内と同じ感覚でやり取りできるようにして、ロスを減らしました。

 

とはいえ人間同士の付き合いも必要なので、付き合い初めの初期の段階で会食をして、心的な距離を近づけました。

 

初期の内にしっかりと人付き合いをすれば、後はさほど会わなくても誠意のある仕事をしていれば信頼関係は損なわれません。

 

社交的でなくても、人との信頼は築ける

 

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誠実な事は長期的な利益になる

 

ネット広告では、データをごまかして目先の利益を得ようとする人が割といました。

 

しかし、そういう人は信用を失って姿を消していきました。

売買は等価交換なのでどちらが偉いという関係でもないですが、買う側になると威張る人はいます。

 

そういう人も没落していきました。

 

わたしは幸い、威張ったりウソをつく必要がなく働けました。

結果として、それが後に年収1000万円を超える理由となります。

 

正直な付き合いが、長期的な利益になる

 

年収は安定していたけど転職する

年収が800万円近くになって立場的にも安定してきましたが、それが逆に不安に感じ始めていました。

バイト先の廃業の経験では、その会社が変化するのを拒んだ事が原因でした。

 

いざ自分の仕事が安定すると、わたしも変化を恐れるようになっていました。

そこで外部の会社の人に声をかけられたのをキッカケに、転職しました。

 

年収は半分に減りましたが、経験を買う感覚でした。

移った先は同業の会社とはいえ、人数が多く割りに仕事が整っておらず、全く環境が違っていました。

 

いつも通り全員のやっている事を観察して、最適解を出します。

それまでの社内フローと大きく変更しましたが、反発なくスムーズに移行する事ができました。

 

意外とあっさりと終わってしまい、後は少し退屈でした。

 

末端の仕事をして、地肩を強くする

 

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フリーランスになる

もう少し多様な経験がしたくてフリーランスとして、3社ほどの仕事を経験しました。

これも全て以前の会社で付き合っていて、信頼関係を築いた人たちに声をかけられた結果です。

 

会社で仕事をしていても、信頼は個人の財産になります。

内向的な人でも、仕事を介すれば普通に人と接する事はできると思います。

 

フリーランス経験を積んで、大体の問題は解決できるという自信が得られました。

それと同時に、自分一人では「お金をください」と言うのが苦手という経験もしました。

 

経験を買うという価値観

 

年収1000万円に達する

パソコンを使う

 

フリーランスを経て、新規に立ち上げる会社に入る事ができました。

今までの部分的な関与と違ってイチから合理的なフローを作っていけたので、楽しい仕事でした。

 

指示されて作業するだけの立場だった頃に感じた仕事の無駄を、徹底的になくすことができました。

 

無駄を無くすという概念が染みつくと、なんでも楽にしようと考えます。

広告の金額を変更して表示順位を調節する仕事がありましたが、これを24時間自動で行うプログラムを作りました。

 

通常業務を回しつつプログラムを作り、様々な作業を自動化していきました。

プログラムを使わない仕事でも、改善で効率を上げる事は可能です。

 

最初は会社が小さかったので直接部門も間接部門もなく仕事をして、2年目には給与所得が1000万円を超えるようになりました。

 

今までの経験が積み重なって、1000万円に到達

 

人も増え続けて次々と新しい問題が出てきては処理していったので、その後も年収は上がり続けました。

年収よりも自分が正しいと思った事を施行できて、その結果が正しい事を検証できるのが楽しかったです。

 

頭を使う仕事で収入を得る事ができましたが、過去に一度だけフリーター時代にバイトのおじさんに

「本当に頭が悪いなぁ」

と言われた事があります。

 

その時の評価を真に受けていたら、頭を使う仕事はしなかったと思います。

環境が変われば、評価される基準も変わります。

 

今現在うまくいっていない人は、能力を活かせる環境が他にあるはずです。

 

空回りの期間はある

 

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終身雇用の保証がない代わりに、給料への反映が早い

 

ベンチャーの給料が上がりやすいのは、終身雇用の時代の給料ベースを使っていないからです。

大企業を少し見る機会がありましたが、主流のルートから外れた人たちが居られる部署があったり、余裕がありました。

 

その代わり、若い頃の給料は抑えられてしまいます。

ベンチャーはその逆で、先の保証がない代わりに今の給料に反映されます。

 

最近は大企業でも終身雇用は維持できないと言い出しているので、ベンチャー型の給料(実績と比例)の方がフェアだと思います。

以前から実績と比例する給料のアメリカでは早期退職が多いですが、わたしも40代でリタイアしました。

 

リタイア時の年収(給与・賞与)は、年の途中で辞めなければ3,000万円超でしたが、途中で辞めたので2,500万円でした。

 

それと会社の初期の段階から持っていた自社株も売却して、早期退職に十分な資金が貯まりました。

会社での地位も上がって一番良い時でしたが、それを潮時と思って退職しました。

 

年収が多いのにもったいないと思い人がいるかも知れませんが、わたしはお金を使う楽しみを知らないので、増えても生活は変わりませんでした。

最後の役職は取締役(代表でない)でしたが、同じ人間がフリーターで年収200万円以下で働いていた事を思うと、適職を見つけるかどうかで多くの人の人生も変わるはずです。

 

給料が安い仕事は合わなくてキツく、屈辱が多いものでした。

 

自分の能力が本当に上がったか知りたくて株をやってみましたが、本業の仕事よりは割りに合わなかったです。

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年収1000万以上になっても、残業を強いられた事はない

残業を強いられた事はありませんが、独学やデータベース作りを時間外にやっていました。

通常業務以上の仕事をする場合、時間的に足が出てしまいます。

 

しかし、他人に言われてやるのとは違い、自分のためにやるので苦になりませんでした。

ゲーム好きの人が長時間プレイできるのと一緒です。

 

高収入を得ようと思ったら、金額を追うより自分が没頭できる仕事を探した方が確度が高いです。

お金はわかりやすい目安ですが、しっくりとくる仕事をした方が満足度は高いと思います。

 

わたしは情報が整理できるデータベースが好きでしたが、皆さんが好きなものであれば何でも構わないです。

皆さんの思考タイプにハマる何かが、どれか一つはあるはずです。

 

適職でないと、弱い立場で仕事をすることに

 

遺伝で自分にあった仕事を考える【20年の職歴】
このブログを書くにあたって、無駄に職歴が多いわたしのデータが役に立ちました。 20代でお試しの仕事の繰り返しだったことで、様々な種類の仕事や社員の質のデータが集まりました。 後年に管理職・役員になっていくに従い、...

 

底辺にいても腐らない方法

転職してもブラックですぐに辞めてしまったり、底辺でくすぶっている時がありました。

その期間に『社会が悪い』と言って恨んでいたら、恐らくそのままだったと思います。

 

底辺にいても腐らなかったのは、イメージトレーニングのような引き寄せをやっていたからだと思います。

それに運動や読書なども加えて、腐る暇をなくしていました。