会社を辞めたいと思ったら、止まらなくなる件

転職の決断

わたしは会社を辞めたいと頭に浮かんだら、それが現実になるまで止まった事がありません。

 

一度辞めたいと思うと、退職に向けた具体的な道筋が、次々と頭の中に浮かんでしまいます。

 

そして会社を辞めてしまうのですが、それで何か困ったことがあるかというと、何もありません。

むしろ、間違った会社を選んだミスを、辞めた事で修正できました。

 

山は道を間違えた時に引き返さないと、『遭難』になります。

社会人生活も、これと同じでした。

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会社を辞めたいと思ったのは疲れたから

 

疲れたら辞めるって、人間の基本的な行動だと思うんですが、会社も同じじゃないですか?

 

わたしは仕事で疲れを感じたら、辞めたい願望が湧きました。

疲れってゲームと同じで、夢中な時は残業をしても感じないものです。

 

仕事に疲れを感じ始めるという事は、その仕事への熱意が無くなったからです。

会社を辞めたいと思ってからは、仕事を早めに切り上げても、毎日倦怠感がありました。

 

そうなると、辞める以外に疲れの解消法がありませんでした。

 

 

通勤が疲れたから会社を辞める

 

ある程度、年齢を重ねてきて色々な経験をしましたが、朝の通勤ラッシュくらいヒドイ目にあう事って、なかなかないです。

 

人生で辛い経験の、トップ3くらいに入ります。

毎日の通勤電車の苦痛は、会社を辞める理由に値します。

 

押しつぶされる・関節技を決められる・ヒジを突き刺される

毎日汗だくで会社に辿りついていました。

 

特に乗り換えがあると、在職期間は短くなっていました。

 

通勤客を批判する人達

 

話が少しズレてしまいますが、

 

人身事故が起こった時、遅延に巻き込まれた人が不満を言うと、

『不謹慎』

『心が荒んでいる』

など批判をする人がいます。

 

そういう人って、普通の人々を上から叱りたい願望が強い人達で、あまり通勤の経験がない人が多いです。

 

事故の遅延は数十万人が影響を受け、中には病院に通いながら通勤している人もいるでしょう。

わたしはそういう人たちの方が、苦痛が大きいと思います。

 

適職に就いていた人が通勤で体調を崩し、仕事を離れてしまうことだってありえます。

 

つまらない理由で会社を辞めたいと思う

 

会社生活って日常になっていくので、意外とつまらない理由で

 

『会社辞めたい』

と思ってしまいます。

 

ドラマだと大きな出来事で会社を去っていきますが、それはイベントがないと物語にならないからです。

現実では、ドラマチックなことはそんなにありません。

 

熟年離婚みたいに、静かだけど強い決意

 

熟年離婚って、派手な理由がなくても、強い決意を感じますよね。

 

日々の生活の中で積み重なったものが、解決できないほど大きくなります。

退職理由も、つまらない不満ほど解消困難なものです。

 

通勤の道が汚いので会社を辞めたくなる

 

汚めの街にある会社に勤めていた時、朝の通勤である日

 

『汚い道だな・・・』

と、感じるようになりました。

 

会社も雑居ビルにあったし、出勤すると冴えない気持ちで仕事を始める事になります。

だんだんと、会社に来たくない気持ちが高まり、退職を考えるようになりました。

 

これは恐らく、汚い道だと思う前に漠然と

 

『この会社に居続けていいのかな?』

と思っていたからです。

 

それが道さえも汚く感じて、会社への嫌悪を明確化させたのだと思います。

 

 

マンネリ化すると、会社を辞めたいと思う

 

食事に飽きたら、変えたくなるのは健康のためには必要な事です。

 

食事がマンネリ化すると、栄養に偏りが生まれるので、飽きて他のものを食べるように身体が仕向けます。

会社を辞めたいと思う気持ちも、これと同じです。

 

スキルの偏りがあると、この先の人生に不利だと思う人が辞めたくなります。

若い人ほど、沢山の経験を求めるので、仕事の飽きが来るのが早いです。

 

潰しがきかなくなる

 

危機感を感じて行動をするのは、悪い事ではありません。

 

現代は変化が激しいため、仕事が廃れるサイクルが短いです。

その時に応用可能なスキルがないと、つぶしがききません。

 

自分に合った仕事をしていたら、将来性に疑問が浮ばないで続けられるでしょう。

わたしは自分の”臆病”な感覚は自信があったので、危機感を信じて辞めていました。

 

嫌な人がいるから会社を辞めたい

 

経済的に選択ができるなら、嫌な人と一緒に仕事をしない自由があります。

 

上沼恵美子さんは、司会をする番組で

 

「この歳になって、嫌いな人と会う必要はない」

と言っていました。

 

わたしも歳をとるごとに、他人を許容する幅が狭くなってきたと感じます。

若い頃には嫌いな人とでも1年一緒にいられたのが、今なら1週間が限界だと思います。

 

仕事で嫌な人に会う

 

嫌な人に会うのも仕事みたいな説得がありますが、嫌な人の相手は仕事ではなく、嫌がらせを受けた状態です。

 

犯罪は他人を傷つけてお金を得る行為ですが、嫌な人に我慢して、自分を傷つけてお金を得る行為が健全でしょうか?

 

毎日侮辱され、嫌な顔を向けられる事など、自分の人生に許して良い訳がありません。

価値の無い会社ほど、嫌な人はいます。

 

嫌な人は人格のバランスが悪く、真っ当な会社に入れないので、

嫌な人=会社のレベル

の、わかりやすいバロメーターになっています。

 

若いなら、嫌いな人を経験するのもあり

 

嫌な経験の意味があるとしたら、平穏無事のありがたみがわかることです。

 

定年退職した人が、心にぽっかりと穴が開いたようになり、虚しさを覚えます。

ですが、嫌いな人に耐える日々があったら、平穏無事な毎日に喜びを感じます。

 

何もない毎日というのは退屈なのではなく、非常に幸せな事です。

 

そもそも会社辞めたいと思うのは、悪い事なのか?

 

会社員は、別に僻地に一人しかいない医者ではないので、会社を辞めるのを咎められる理由はありません。

 

僻地の医者であっても、辞めたいというのを批難するのはナシだと思います。

僻地医療を続けた人を称賛するのはアリだと思いますが、辞める事も悪くはないです。

 

仕事を辞めさせてもらえないって、それだと奴隷という事になってしまいます。

批難をする人たちだって、自分の人生を他人に差し出しているとは思えません。

 

何でも退職を推奨してはいない

 

ノーベル賞をもらうような人は、研究職をずっと続けた人たちが多いです。

 

後は伝統工芸も、長年の継続がモノをいいます。

そういう、継続に意味がある仕事はあります。

 

45歳以上は辞めてと言われる時代

 

会社を辞めたいというのが、裏切りのようなニュアンスを含むのは、終身雇用の名残ではないでしょうか。

 

日本の会社員は育ててもらった恩を返していく、江戸時代の商人的な文化がありました。

45歳で退職推奨の現代でも、昔の名残が残っているから、会社を辞める事にネガティブなイメージがつきます。

 

わたしの考えだと、その人に合った仕事でないと、生き残る事が難しいと思います。

あるいはアメリカのように適職を全力でやって、30・40代で早期リタイアが自然い思います。

 

 

続ける事が最善とは思わない

 

例えばわたしは20代の頃に、フリーターで警備員をやりました。

 

これがホテルのフロント業務に近く、大人数の宿泊を管理する接客業のようでした。

わたしの性質だと、最も苦手な部類の仕事でした。

 

これを我慢して続けていたとしても、年収は300万円を超えなかったと思います。

苦手な仕事だったので、世の中に対する貢献も少なかったと思います。

 

続けるメリットが、どこにもありませんでした。