不況でも生き残れた方法【最弱の社会人だった】

社会人

 

定期的に不況はやってくるので、社会人の誰もが経験する事だと思います。

 

わたしの場合は就活の時が、平成バブル崩壊後の就職氷河期でした。

 

バブルが崩壊した時、

 

『わたしが就活する時には景気回復しているだろう』

と思っていましたが、景気はずっと右肩下がりを続けていました。

 

なので新卒でフリーターとなり、最弱の存在として社会人デビューをしました。

20代で割と迷走しましたが、30代で年収1000万円を超え、40代でリタイア資金が貯まったので早期リタイア生活に入りました。

 

最弱で何も持っていなかったから、その都度、職を変える事が出来ました。

人は一度手にしたものを捨てる事は、なかなかできません。

 

最初から何も持っていないというのは、自由に動き回れるという事です。

 

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不況下はバンドマンを参考に生き残る

 

不況で就職できないとか、リストラのリスクを考えるとか、先読みできる人ほど行動が縮こまります。

 

危機の時に縮こまるのは、人が野生動物だった頃の名残です。

現代社会では、『やばい』と思ったらジャンプする逃げの行動力が重要です。

 

リスクばかり気にすると動けなくなるので、不況でも割と生きていけるケースを紹介します。

バブル崩壊後の不況下で一緒に仕事をしていた、バンドマンたちです。

 

なんだかんだで生き残る

 

フリーターをしていた頃、バンドマンが結構いました。

 

メジャーデビューした人はゼロでしたが、ライブなどは行っていました。

バイトのシフトもバンド活動を中心にしたもので、彼らのお金はカツカツでした。

 

それでもバブル崩壊後の不況下で、趣味のようなバンド活動をして、フリーターでも生活ができていました。

 

その中でもデキ婚をした人は、二人目の子供が出来たタイミングで奥さんの実家に引っ越して、そこの稼業を継いで生き延びていました。

 

わたしが出会ったバンドマンは、いずれも10年くらいで田舎に戻って、新たな仕事に就きました。

彼らは音楽をやっていたからか、悲観的な考えというのがあまりなかったです。

 

それと、売れないバンドマン生活ズルズルと続けず、引き際を心得ていたと思います。

不況を生き残るには、それだけで大丈夫です。

 

 

持たざる者が強い理由

 

氷河期時代にわたしは何も持っておらず、信用も無いのでローン審査をしても通らなかったでしょう。

 

それがチョコマカと動けて、不況下での破滅を避けられた要因です。

仕事もフリーターだったし、辞めるのが惜しいような職場は一つも無かったです。

 

なので

『この会社はやばいな』

と思ったらすぐに別のバイトに移って、倒産する前に逃げる事ができました。

 

倒産してからだと、慌ただしく次の職場を決めなければなので、二度目の失敗をしやすいです。

不況に限らず詰むのって、一度目のアクシデントで動転して、より大きな二度目の失敗をするためです。

 

だからいつも自分から早めに捨てて、脱出していました。

この習慣は、正社員の時も同じでした。

 

大企業に入ると捨てにくい

 

いい大学 ⇒ 大企業

 

という、わたしの新卒時代では成功が約束されていたルートがありました。

ですが社会が変化して、大企業がリストラを始めました。

 

その時にギリギリまで会社に残る人ほど、尊厳を傷つけられた挙句、会社から押し出されてしまいました。

定年まで会社に残るのが正しい生き方だと習った世代なので、残ろうとする選択は当然でした。

 

大企業のもう一つの問題は、仕事が細分化されているので、やる事の範囲が狭くて潰しが効かないことです。

 

その間に社会最弱の存在だったわたしは、ちょこまかと色々な仕事を経験し、経験値を稼いでいました。

 

レベルが低い会社が多く、仕事の仕方が決まっていない所ばかりでしたが、そこで自分なりの仕事を組み立てる経験ができました。

 

いい大学の人がわたしと同じような経験をしたら、恐らく彼らの方が吸収が早かったでしょう。

しかし彼らは賢いがゆえに、不況でも生き残る確率が高かった大企業を目指したので、わたしの周りには居ませんでした。

 

 

派遣は切られる存在

 

わたしはフリーターでしたが、派遣だけはやりませんでした。

 

昔の派遣は即戦力が求められていたので、わたしはスペック的に自信が無かったので応募しませんでした。

ですがこの選択が、不況を生き残る事に繋がりました。

 

フリーターは基本的に、辞めるのが当たり前のような所があります。

しかし派遣社員になると、時給が高くて(当時)責任が限定的で、割と職場に残ってしまいがちです。

 

そういう執着心が生まれた頃に、不況の人員調整で切られてしまいます。

そんな風に進退を自分で決める決定権を失ってしまうと、会社に翻弄されてしまいます。

 

不況を生き残るには、例え給料が安くても決定権を持っておくことです。

基本的に誰も助けてくれないので、自分で舵を切る必要があります。

 

弱い生き物が生き残る理由

 

人間って、地球の生き物の中でもかなり弱い部類でした。

 

恐竜がいた時代は、ネズミのようなサイズだったそうです。

強い者から必死で逃げるため新しい環境に飛び込み、知恵が発達しました。

 

人間は安心するとダラけてしまい、必死で考える事をやめてしまいます。

そこに、弱者が後追いできる余地が生まれます。

 

中小企業さえ就職できない弱者

 

わたしがフリーター生活から抜けるために、初めて就活をした時は、中小さえ入社できないスペックでした。

 

事務所がひと間で、間仕切りのないような来客スペースで面接をする、零細企業ばかりでした。

零細の中でもカッコがつけられるのが、ベンチャー企業でした。

 

わたしは他に入れる会社が無かったので、消去法でベンチャーに入りました。

ベンチャーの経営者は若いので仕事の自由度が高く、自分ができるやり方で仕事を進められました。

 

ITの業種と相性が良かったので、以降はIT業種で転職をして、最終的に役員になりました。

年収は30代半ば以降は、大企業平均を下回る事はありませんでした。

 

弱者としてベンチャーという隙間に入って、気が付いたら社会人生活を生き残っていました。

 

捨てる勇気

 

わたしは年収的に強者になっていましたが、マインドは弱者のままでした。

 

常に流動的に生きる事で、その時々に応じた生存戦略を取ろうとします。

だから会社での地位と収入が安定すると、逆に自身の衰退を予感しました。

 

そこで、年末まで在籍すれば年収3千万円超になっていた年の途中で、会社を辞めました。

社会的地位も『無職』になりましたが、正しい判断だったと思います。

 

100歳以上まで暮らせる資産がありましたが、意識から切り離し、再びわずかな年収での暮らしを組み立てています。

 

これにより、知恵を使う生活に戻る事ができました。

今は年金制度が破綻することを想定し、年金なしでも生き残れるよう生活をしています。

 

コロナの外出自粛に関しても、すでに会社生活を捨てた後だったので、生活にあまり影響がなかったです。

 

出来る仕事が少なくても大丈夫

 

弱者というのは、出来る事が少ないからこそ、自分が最も得意なフィールドを探そうとします。

 

わたしの場合は、例えばウーバー・イーツの配達も出来ないです。

商品の受け渡しをする、わずかな客との接触さえやりたくないほど、接客ができません。

 

それに即興の仕事みたいなものでは、フリーズしてしまいます。

そういう仕事が多い、フリーターの頃が最も苦労しました。

 

そこから逃れるために、デスクワークの道へと進みました。

 

『進みたいと思っても転職できないのでは?』

というのが心配な方は、わたしが転職できた方法などが別カテゴリーに書いてあるので、興味があれば読んでみてください。

 

わたしは学歴が低いし無職期間はあるし、スペックが高くないので、誰でも再現可能な方法だと思います。

 

 

時代のせいにすると、這い上がれなくなる

 

わたしの少し前の世代は、人手不足で就職がしやすかったです。

 

そこから急に不況になったので、わたしの就職には参考になる情報がありませんでした。

 

わたしの

『フリーターになって、しばらく逃れる』

という選択は、生き残れたので一応は正解と言えます。

 

フリーターの身分の時に、就職氷河期を恨んだりはしませんでした。

だって、戦国時代よりはマシじゃないですか?

 

人生で一度は不況を経験するので、早い内に経験が出来て良かったです。

 

このように考えないと

 

『〇〇のせいで出来ない』

という、悪い暗示にかかってしまいます。

 

辛い状況から生き残るには、わずかにある明るい材料に意識を集中するしかありませんでした。

小さなものでもいいので、あなたが持っている物に意識を集中してください。

 

そこに、不況を生き残る材料があります。