仕事と恋愛は両立する?【しなかった人のパターン】

社会人

 

わたしは

 

『仕事と恋愛、こうすれば両立できる!』

みたいな方法が、いまいちハマらなかった人間の一人です。

 

二兎を追っていたら、今頃、路頭に迷っていたと思います。

仕事を選んで、とりあえず経済力は固めることができました。

 

人生は60歳になった時に住む家があれば勝ちかなと思うので、恋愛に生きなくても虚しさはありません。

 

仕事 > 恋愛 の理由

 

バランスが良い人は、

 

仕事 = 恋愛

みたいな感じで両方を回すことができると思います。

 

ですがわたしはどちらか一方しかできない、超シングルタスク型の人間で、それが人生にも影響しました。

 

恋愛の先にある結婚を考えた場合、経済力を固めるために仕事に注力するのが先だと思っていました。

 

ですが付き合った相手は、

 

『仕事より高尚なのが恋愛』

という考えの人が多く、週末はノー残業とか制約をつけられたりしました。

 

会社から出たら残業していない事を証明する電話を課せられたり、いろいろな規則が作られました。

そういう経済力を高められない状態がわたしには不安が大きくて、結婚して妻子を養う事もできない恐怖に繋がりました。

 

起こっていない困難にも悩んでしまうので、こういう点も恋愛に向いていない体質でした。

 

お金がなくてどうやって生活するんだろう

 

付き合いだしたら無職になった相手は、かなりキツかったです。

 

お金を使いたがる割に仕事を蔑すむ人で、仕事なんて適当でいいから自分の面倒を見ろという感じでした。

 

労働を敵視していて、わたしにもその思想を押し付けてきました。

けど仕事ってかなり注力しないと、安定させるの難しくないですか?

 

会社としてノー残業デーを作った所は後に倒産したし、まったり働きたいという人は仕事を失うとか、そういうのを見てきました。

 

わたしが低スペックだからかも知れませんが、社会人生活はサバイバルという感覚でギリギリやっていました。

 

 

トラブルを避けたがる性質

 

仕事と恋愛を両立させる人とわたしの違いは、幸福に対する概念です。

 

両立させる人は、幸福を得ることを快として行動します。

ですがわたしは幸福を得ることより、平穏無事でいる事に大きな快を感じます。

 

妻子を持つ幸福よりも、妻子を路頭に迷わせる可能性の方に、大きな脅威を感じて避けてしまいます。

 

バランスの良い人はパートナーの収入をアテにできるかも知れないですが、わたしはそこまで人に頼る考えができません。

 

全て自分が稼がなければというプレッシャーが大きく、責任が果たせる確証が持てない事はできなかったです。

 

付き合っていた時の収入

 

結婚をしなくちゃいけないと思っていた頃は、交際が途切れる期間があまりなかったです。

 

ただ休日にデートしても仕掛かりの仕事が気になってしまったし、平日の仕事中に交際相手に振り回されたりで、仕事も恋愛も中途半端な状態でした。

 

収入も低迷していて、付き合っていた時は安月給だったり昇給が難しかったです。

昇給したとしても、それは誰とも交際していない数ヶ月の間に作ったものが功を奏したりしただけで、恋愛が仕事にプラスに作用する事はなかったです。

 

仕事が上手くいってから付き合おうと思い、交際相手を作らなくなって1年後に、年収1000万円を突破しました。

 

そこでも仕事をやり切った感がなかったので、仕事だけを続けたら収入が伸び続けました。

交際していた頃に感じた不安感が一切なく、自分にはこっちの生き方がしっくりとくるように思いました。

 

空気のような存在にはなれなかった

 

わたしは無意識のうちに、自分が一番欲しいものを望むとバチがあたると思うような、自信のない人間です。

 

その影響で付き合う人に関しても、自分とは合いそうもない相手を選んでいました。

それに付き合い方も下手で、相手の言う事に従う割に、不満を感じてダメージを蓄積してしまいました。

 

例えば仕事中に、付き合っていた相手から電話がかかってきた時ことがあります。

旅行の予定日に台風が直撃の予報で、飛行機を変える必要があるが電話でないとできないので、電話をかけて欲しいとのお願いでした。

 

相手は仕事を辞めていて時間に余裕があるので、

 

『自分でやってほしい』

とハネつければよかったのですが、言えずに人のいない会議室で1時間以上かけて飛行機の便を変えました。

 

仕事をサボった罪悪感が重くのしかかり、非常に苦痛でした。

他の交際相手も、休日は絶対に遊び倒さないと気が済まない人だったりして、ただ休息しているだけでは怒られました。

 

それでも付き合って良かった

 

人格が固まり切っていない頃に、他の気質の人と付き合ったのは良かったと思います。

 

わたしは人との衝突を避ける性質ですが、付き合った人は踏み込んできて気持ちを伝える人が多かったです。

例えば休日にゆっくりしているだけだと、『一緒にいる意味がない』と怒られた事で、普通の人の付き合う感覚がわかりました。

 

自分一人では絶対に行かないであろう、海外旅行やディズニーランドといった、本当に自分が苦手とするものを経験できました。

 

そういう経験が自分の人生を軌道修正して、最適な仕事と生き方に誘導してくれたのだと思います。

このサイトが初めての方に説明すると、わたしは仕事で資産を作って40代で早期リタイアをして、ストレスから離れて生活をしています。

 

同棲を何回か経験したので結婚に対する憧れはなくて、独身でも自分の人生を堪能できています。

こういう心境に至れたのも、交際の経験があったおかげです。

 

 

他人から影響を受ける

 

人間は集団で生活する事で進化してきた種なので、一緒に暮らして他人から影響を受けるものです。

 

もしも付き合っていなかったら、わたしは今よりも他人に合わせられる幅が狭かったと思います。

仕事の付き合いだけではわからない、人の性質の違いを知る事ができました。

 

わたしは人にあまり干渉しないですが、普通は干渉し合いたい人が多いように感じます。

ぶつかり合う事でお互いを認識する、みたいな感じでしょうか。

 

細かい事だと、『うどんを食べる時に噛んで切るな』という所まで指導が入りました。

わたしは夕立の雷にあった時のような心境で、心の中で逃げまどっていました。

 

付き合いは疲れましたが、相手にしてもわたしのように休日は観葉植物くらいしか動かない人間に、飽きれていたと思います。

 

自分を知る事ができた

 

自分の事を知る方法として、他人との比較をする事で輪郭が見えてくる事もあります。

 

一緒に生活をする事で、自分が相手の感情を気にしすぎて疲弊するタイプだとわかりました。

休日の過ごし方も、平日の人由来のストレスを回復するために静かに休養したかったのですが、普通の人は他人にそこまで疲れないようです。

 

このあたりは後に自分が、HSP(繊細過ぎる人)という脳のタイプだとわかりました。

 

関連:HSPを仕事に活かしたら稼げた件

 

他人の感情を非常に気にしたり、人混みにヘトヘトになるとか、心当たりがある方は調べてみてください。

 

とてもじゃないけど、仕事と恋愛は両立できない

 

結婚をしないといけないものだと思っていた頃、際どい人とも付き合いかけました。

 

その経験から、自分は仕事と恋愛を両立できない人間だと思い知らされました。

自分が好きな人に好かれると、嫌いになってしまう蛙化現象を10代で経験していたので、自分が好きではないタイプに近づいてしまいます。

 

絶対に幸せにならないパターンです。

 

関連:HSPの恋愛・結婚【独身を選択】

 

自分が好む人とは付き合わなかったので、自分の気質とは真逆の嫌な経験をしました。

 

紹介で知り合った相手

 

仕事がのってきて、

 

『そろそろ付き合わないと・・・』

と思って、安易に女性の知り合いに紹介をお願いしてしまいました。

 

この女性の知り合いは、いつも二つ返事でお願いを聞いてくれるのですが、とにかく叶えてくれる願いのグレードが低いで有名です。

 

ただ集団での食事会とか、そういうのをする熱量もなかったので、安易な方法に頼ってしまいました。

紹介をお願いした理試合は、最初は実家で10年以上ニートをやっている、自分の姉を紹介しようとしてきたりしました。

 

次に紹介してくれたのが一応は働いているものの、トラブルが多目の人でした。

会う前にどういう人か事前に説明を受けたと思いますが、テレビ世代で洗脳が抜けきっていなかったので、

 

『難がありそうな人を見捨ててはいけない』

という、不幸体質の人と同じ考えを持っていたので、付き合いかける所まで進んでしまいました。

 

悪の車を運転させられる

 

相手のいくつかの小さなお願いを聞いていた後に、大きめの依頼がきました。

 

その人の出身は大阪ですが、その時に駐禁を切られまくっていたのを無視していて、警察に呼び出しを受けたのだそう。

 

しかし免停で車を東京から大阪に運ぶ手段がないということで、運転をお願いされました。

ここで断る事ができないのが、恋愛に向いていない人です。

 

一方的に受けれるだけだと要求が延々と上がり続けて、いつかは潰れてしまいます。

わたしは流されるままに車の運転を引き受けたのですが、ただの車ではありませんでした。

 

型落ちの黒塗り高級セダンで、正月のしめ飾りみたいに駐禁の輪っかが2~3個、車のフロントグリルに括りつけられていました。

 

『ああ、すごい、これが反社会的勢力っていうやつなんだ』

という感覚を覚え、これを自分が運転するという事に震えあがりました。

 

夜中の高速を8時間

 

その車でこれ以上違反を作りたくないとかで、彼女のオーダーで時速80km厳守で夜中スタートで大阪に向かう事になりました。

 

困ったのがスピードメーター周辺のライトが切れていて、時速何キロかわからないところです。

 

ちょっとでもスピードが上がったと思うと、彼女に横から

「80km!」

と言われます。

 

ここまでの状況を作ったのは彼女ですが、その辺りの反省は一切なく、他人に厳しい人でした。

こういう他罰的な人が人生で色々と困っていくのは当然です。

 

テレビや新聞などオールドメディアは、何かに好都合なのか

 

『自己責任』

を追求するのは悪のように思わせようとしますが、駐禁を無視しまくって警察に呼ばれたのは彼女の自己責任以外、なにものでもありません。

 

初めての大阪の街

 

何キロ出しているかわからない車で朝方まで走っていると、ようやく大阪の下道に入りました。

 

確か天王寺あたりの大通りから一本入った道を、悪の車で徐行していたら、周囲からワラワラと男たちが寄ってきて窓をノックしてきました。

 

 

何の用か聞こうとしたら、彼女が

 

「開けたらあかん」

と、事情を知ってるかのように制止しました。

 

ニュアンス的に何らかの販売員のようですが、売り物はヤクルトのような健全な物ではないでしょう。

 

その後も、その通りでは悪の車を見て近づいてくる男がいて、

『日本にこんな場所があったのか・・・』

と衝撃を受けました。

 

バイオハザードとか、そういうのを想像すると近いかも知れません。

 

警察署前に数時間

 

警察署に着くと、悪質な交通違反ということで取り調べみたいなものに入ったようで、車で数時間も待たされました。

 

警察署の前に駐禁の輪っかだらけの悪の車を数時間停めるという、国家権力にケンカを売るような行為です。

 

いい加減、暑いし終わりが見えないので、車を移動しようと彼女に電話をかけましたが通じません。

 

だからずっと車の中で待っていましたが、時折、通る警察関係者に

「〇×ー△ガキィ~」

とか言われました。

 

警察は犯罪者と対峙するので、これくらいでなければ成り立たないので、わたしは正しい姿だと思います。

街で職質する警察官を見ると、我々が避けたいと思うような人間のところに声を掛けに行き、時に罵倒されたりしています。

 

悪の車をみて、わたしの事を悪党と思ったのも無理はありません。むしろ頼もしいです。

ただわたしは法令順守の生き方をしていたので、犯罪者扱いの経験は新鮮でした。

 

警察署で彼女の免停が取り消しになったか不明ですが、戻ってきた彼女が運転するというので、わたしはその場から脱出して地下鉄を見つけ、更に新幹線に乗って帰りました。

 

それ以降は彼女が東京に戻っても合う事はなく、そのまま終わりました。

この経験をしてイベント事がなくても退屈な人生とは思わず、トラブルが少ない生活の方が幸福度が高いと悟りました。

 

そもそも恋愛ってしたいですか?

 

動物として生まれたら、本能的に遺伝子を残したくなります。

 

わたしは恋愛を義務のように感じて疑問に思い始め、結婚を必須とは思わなくなってから、人生が楽になりました。

 

一人だったら合わない仕事なら辞める自由があるし、自分が必要と思う事に自由にお金を使えました。

 

その結果、起業とか色々と経験した上に40代で早期リタイアする事ができました。

もし結婚していたら、わたしのようにバランス感覚がない人間は、仕事と家庭の両方とも崩壊していたと思います。

 

仕事を選び、経済状況だけでも困らないようにしたのは選択として正解でした。

 

 

仕事を選んで虚しくないか?

 

どうしても結婚によって生じるリスクを恐れて、仕事を選んでしまいました。

 

わたしがリスクを避けて生存を計るタイプに生まれたのは、遺伝とかの兼ね合いもあって、自分ではどうする事もできませんでした。

 

というか、リスク回避が自分にとって心地よい状態だったので、変えようとは思いませんでした。

2割くらいは寂しいと思う所はありますが、残りの8割は自分の性質にあった生き方が出来ているので満足をしています。

 

私生活の代わりに仕事で達成感を得られたし、車や家を買うとかのイベントは大概クリアして、やり残した感のあるものは思いつきません。

 

明日、最後の日が来たとしても後悔がないので、とりあえず良い人生だと思います。

一番恐れていたのは、60代で住む家がないような人生だったので、今の生き方は十分に及第点以上です。