近所のバス停では、いつも「そうやって並んだら歩行者の邪魔になるでしょう」という形で列ができてしまいます。
その迷惑な並び方のバリエーションを観察して、彼らの生態を考察しました。
バス停に並べない人々
最寄りのバス停は、後ろ扉から乗車するようになっています。
バスが止まるための場所を確保するため、歩道削が削られて狭くなっています。
ガードレールには、乗車口と降車口のあたりに切れ間があります。
正しいバス停の並び方は、シンプルにこうなっています。
歩道は、人やママチャリが通るので、正解の並び方でも歩道がやや狭くなります。
どうしてそっちに並ぶの?
しかしこのバス停では、このように並ぶ人の方が多いです。
画像の金髪の人の立ち位置が正しいのに、他の人たちが逆側にならんでしまうので、列を乱す人みたいになってしまいます。
間違った並び方だと歩道が狭くなって通りにくくなるし、降車口の前をふさいで迷惑で、何一つ良い事がありません。
バスを待っている間、ママチャリや子供の自転車などが何台も狭い場所を通るので、両者にとって危険です。(車の通りが多い道路なので、歩道を自転車が通るのは仕方ない場所です)
バス会社に張り紙のお願いをする
わたしはいつもクレームを言わずに泣き寝入りするタイプですが、他の人も危ない目にあっているので、バス会社に張り紙のお願いをしました。
矢印と短文だけの、シンプルな張り紙の例をあげて提案をしました。
ある日、バス停に並ぶと張り紙が張られていて、わたしの後に来た人がちゃんと並んでくれました。
ホッとしていたら、その後から来た年輩の女性二人組が
「どうしようか・・・」
とつぶやき
「あ、ここでいいや」
と並んだのが、この図の下側の二人です。
「なんで!?」
より狭くなった歩道を自転車が通り抜けようとする度に、わたしが車道側にせり出すようにして道を開けていました。
いつも大体、自分が避ける側です・・・
お年寄りのバスの並び方には規則性がない
今日、歩道を歩いていて遭遇したパターンはコレです。
全員お年寄りで、5~6人がバス停周辺に並んでいました。(というかタムロしていた)
先頭と2番目の人が話し込んでいたので、知り合いなのだと思います。
会話を始めた立ち位置で固まってしまい、その後に列が続いていったのでしょう。
その様子を見てもなんとも思わない神経がわかりません。
話し込む時に必ず通せんぼするような立ち位置になる人って、一定数います。
二択で他人が困るほうを選択する人々です。
結局、配慮しない人は変わらない
バス停が初見だったとしても、配慮ができる人は邪魔にならない場所を探します。
配慮ができない人は、他人が迷惑する場所を本能的に選びます。
仕事でも、絶対にやってほしくないミスを狙ったようにやる人は居なかったでしょうか?
恐らくそういう人に何かを教えても、同じミスを繰り返します。
注意したらどうなっていたか?
彼らみたいな人を注意しても、きっと何も変わりません。
極端に自分本位なので、非を認める事はありません。
恐らく道で立っているだけなのに、変な人間からイチャモンをつけられたくらいの感覚でしょう。
それに年輩の人を注意する構図って、自分の胸が痛みませんか?
例えやり込めた(諭した)としても、物事を考えられない人を怖がらせたような気になります。
最近だと年輩の人に対する批判は
『年寄り笑うな行く道だ』
みたいな標語でピシャッとシャットアウトされてしまいます。
注意をしないで良かった事
多分、年配の人に注意をしても何も変わらないと思います。
幼少期にワガママだった人は、思春期以降に社会性が発達して脳がワガママを抑制できるようになります。
しかし歳をとって抑制する脳機能が衰えてくると、元の子どもの頃の状態に戻っていきます。
だからワガママな人を注意したとしても、変化する余地がもうありません。
先日も登山で電車を待つ列の先頭に立っていたら、電車が来たらお年寄りの集団が横から割り込んできました。
こういう場面に遭遇するのは、わたしが気の弱そうな顔をしているからだと思います。
ここでもわたしは一言も発する事ができませんでした。
本当は先頭に並んでいたのだから、言わないといけない立場だったと思います。
他人を注意して良かった事は、あまりないです。
バス亭に並べない人のおかげで豊かになる
現代社会の仕事では、他人より多く思考が働く人の方が有利です。
バス亭で並べない人の事を見て疑問に思うのは、そういう人たちより思考力があるからです。
わたしは他人に一切注意をしないで我慢をしていたら、その不満を原動力にして、彼らとあまり関わらないで済むようになりました。
貯金をして早期リタイアしたので、嫌な人からは自由に離れる事ができます。
公共交通機関では仕方なく遭遇する事がありますが、他では近づかないで済みます。
他人の迷惑を考えられない人は、貧しくなっていく
他人に迷惑をかける人は短期的に利益を上げたとしても、結局は貧しくなっていきます。
彼らは他人と長期的な信頼関係が築けないので、人とお金が離れていきます。
そういう人から離れたお金が、他人に配慮できる人に流れてきます。
今、気を使っていて疲れている人は、いつか報われる時がくると思います。
その時は当たり前の権利として、報酬を受け取ってください。
わたしは他人に配慮し続けて、お金の入りが良くなった実感があります。