電車に乗っていて、優しい人ほど気を病む事が多いです。
地域によって電車のマナーは異なります。
マナーのように、不文律で何となく決まっていものは認識しにくいものです。
東京は冷たいのでしょうか?
電車で席を譲る優しさが凶器に変わる時
日本人の国民性で、個性と言ってもいいのが周囲に迷惑をかけないという意識です。
時代によって変化はしつつも、繊細な神経はなかなか変わるものではありません。
その中でも特に他人の目を意識する、気弱なわたしが感じ取った席を譲るマナーです。
席を譲る事が多いほうでしたが、現在は席を譲るのをほぼ辞めました。
理由は、大半が人を傷つける結果に終わったためです。
都心の電車で席を譲って、相手が座る確率は3割以下でした。
特に年配の女性に対して積極的に譲っていましたが、すごく悲しそうな顔をされます。
電車に座っていて、前に立つ人をジロジロと見るのは失礼です。
見られた方も嫌な気持ちがします。
そこでわたしは、前に立つ女性の手に注目しました。
これなら自然な姿勢のままで、それとなく見て年齢を判断できます。
(よし、シワシワだ。譲ろう)
と席を立って、欧米人風の紳士的なポーズで譲ります。
しかし、譲る時に見た女性の顔はまだ50代くらいで、最初は譲られた意味がわかっていませんでした。
「えっ? あぁ、譲ってたんだ…」
そして、非常に悲しい顔をして断ります。
ある日、電車に乗っただけの女性を、わたしは優しさを振りかざして傷つけてしまいました。
まだ男に声をかけられる希望をもっていたかも知れない女性を、一方的に肩たたきをして傷つけました。
それ以外にも、都心の電車は駅の間隔が狭い事もあってか、ほとんど断られます。
善意の為にやった行為が、こんなにも世の中に悲しみを生み出してしまうのです。
今でも悲しそうな顔で断る女性の横顔がよぎり、罪悪感にさいなまれます。
(観音様が涙を流している夢で目が覚め、後悔に身を震わせながら朝を待ちます)
それからは、自分から譲るような事は、ほぼやめました。
そうすると定期的に
海外ではこうだ
日本人の人間性はおしまい
と人格否定までされる記事が出ます。
わたしはどんなにポリコレ棒で殴られても、もう二度と女性を傷つけたくありません。
わたしが悪者になる事で、一人でも女性を守れるなら、それで構いません。
今まで席を譲って一番良かったのが、みすぼらしいスーツ姿で電車に乗っている時に婦人に席をゆずった時です。
「あなたの方が疲れているでしょうから、いいのよ」
と上品なトーンで言われました。
確か四谷界隈だったと思います。
素敵でした。
日本人ってそんなにダメでしょうか?
日本人のマナーってそんなにダメでしょうか?
落とし物の現金を届ける率を見ると、人が見ていない所でも自分より他人の利益を優先しています。
席を譲る事で、相手に気を使わせてしまったかも知れないと反省する人もいます。
それでも普段から周囲の人に、自分の”優しさ”をアピールした方がよいのでしょうか。
どこでも明確な自己主張をしなければ、いけないのでしょうか。
わたしには抜身の刀を振り回すようで、できません。
普段は鞘にしまっておきたいです。
登山で足を痛めた際、通りすがりの人が皆、力になってくれようと声をかけてくれました。
普段は干渉しないでいてくれて、困っているのがわかると駆けつけてくれる距離感が嬉しかったです。